人物や店舗取材を
得意とするライター

AI の台頭により、ライターは生き残りをかけるフェーズに入っています。そのような事態のなか、語られるのは「得意分野を持っているライターは強い」という意見。確かに専門領域をもつエキスパートの文章は説得力があり、代替が利かない存在に違いありません。
しかし、得意分野を持っているだけで、果たして楽観視できるのでしょうか。あんこに特化し、「あんこライター」と呼ばれ親しまれるかがたにのりこさんは「得意分野を持っているだけではやっていけない」と言います。
ニッチジャンルの書き手だからこそ必要な日々の努力と、決して甘くない現実とは。
――Google で「あんこ ライター」で検索すると、かがたにのりこさんの名前がトップに表示されます。和菓子ライターは他にもいますが、あんこに特化した「あんこライター」として、かがたにさんは唯一の存在ではないでしょうか。
いやぁ、おこがましいので、自分から「あんこライター」を名乗ったことはないんです。あんこが大好きなので「あんこ熱愛ライター」と自称してはいるのですが。「あんこを武器にして売れてやろう」みたいな気持ちは本当になかったんです。
とはいえメディアの方から「キャッチーだから“あんこライター”と銘打たせてほしい」と頼まれる場合が多くて。断るのは、それはそれでおこがましいので、その際はあんこライターと表記していただいています。それで、あんこライターと呼ばれるようになりました。きっと“和菓子ライター”だったら、こうはなっていなかったのではないでしょうか。

――かがたにさんの仕事のなかで、あんこが占める割合はどれくらいですか。
あんこについて書くのは 3 割から 4 割くらい。あんこをきっかけに始まった仕事を含めると全体の 6 割ですね。
――なんと、仕事の 6 割があんこなのですか! さすが、あんこの含有量がすごいですね。「あんこをきっかけに始まった仕事」とは、どのようなものがあるのでしょうか。
あんこについてトークするイベントに出演したり、和菓子の名店をめぐるツアーガイドをやったり、「好きなあんこ菓子ベスト 3」などを選んでテレビやラジオ番組で語ったり。そういった書くのがゴールじゃない仕事がけっこうあるんです。
「あんこを使ったオリジナル商品をつくりたいので、どこかよい製餡所を知りませんか」などといった相談を受け、コーディネートする場合もあります。
――なるほど。得意分野があると、書くだけではない仕事が生まれるのですね。しかし、絶えずあんこの最新情報を調べておかなければならないですよね。
そうなんです。“あんこパトロール”は日常ですよ。保冷スペースのある 2 層式のビジネストートバッグを使っているのですが、街で気になったあんこ菓子を購入するので、家に帰るころには保冷層がパンパンになっています。
購入金額ですか? お取り寄せも含め、年間の自腹でのリサーチ費は約 20 万円かな。

――こんなバッグがあるんですね。それに「あんこパトロール」という言葉、初めて聞きました。そんなにたくさんのあんこ菓子を買って、ご自身で食べるんですか。
もちろんです。あんパト(あんこパトロール)で得たお菓子は必ずすべていただきます。私、「自分で食べた経験がないあんこについては書かない」と決めているので。
――資料だけで書いちゃうライター、いますよね……。とはいえ身銭を切らなければならないし、たいへんですね。年間どれくらいのあんこ菓子を消費していますか。
最低でも毎日一つは必ず口にしています。仕事によっては 1 日に 20 種類以上を試食するので、数えたことはありませんが、年間 400 個強は余裕で食べているでしょうね。また、小豆餡ではありませんが、「栗の産地として知られる中津川で栗あんを使った栗きんとんを全種類制覇しよう」みたいな企画があると、食べる数は一気にガーンと増えますし。
――全種類制覇……すごい。あんこが好きでないと、やれない仕事ですね。
そうですね。あんこを食べる作業はぜんぜん苦ではないです。

――そこまであんこがお好きになったきっかけは、なんだったのですか。
あんこは幼少期から好きでした。私は石川県の金沢出身で、金沢って和菓子をよく食べるんです。総務省の家計調査によると金沢市は 1 世帯当たりの「和生菓子」年間支出金額が全国 1 位でしてね。金沢は江戸時代から加賀藩に支援されて茶の湯文化が発展したのもあって、和菓子を楽しむ習慣が市民に根づいているんです。
そのため日ごろから贈答品レベルの高級な和菓子もおやつとして食べていました。値段はけっこうお高いんですが、そのぶん「好きになるしかない」って感じのおいしさで。
ただ、あまりにも和菓子が身近な存在だったものだから、大学進学で京都に住んでからも15 年以上、自分があんこ好きだという意識はありませんでした。京都も徒歩圏内に和菓子屋さんがたくさんあったので。
――「私はあんこが好きだ」と自覚したのは、いつですか。
結婚して 2014 年に兵庫県の西宮へ転居したのがきっかけです。西宮といえば洋菓子とパンの街でしてね。そこで初めて禁断症状が出た(笑)。「私、あんこがないとダメじゃん!」って。おそらく、一般的な感覚だとチョコレートを渇望するのに近い気がします。
――あんこが切れて禁断症状が出るとは。湧きあがるあんこ欲求をどうやって抑えたのですか。
これは現在も続けているんですけれど、月に 2 度、自分であんこを炊くようにしたんです。あんこを切らすとヤバいから。
そして自分であんこを炊くようになって「味を一定にするのって、こんなに難しいんだ」と痛感しました。何度やっても同じ味にならないんです。これまで当然のように味わっていた和菓子の概念が変わりました。安定した味を生み出せる職人さんたちって、改めてすごい人たちなんだなって思い知らされましたね。

――かがたにさんがライターとして、あんこについてよく執筆するようになったきっかけはなんだったのでしょうか。
西宮に引っ越して、私がフリーランスになった 2016 年ごろから編集さんにしょっちゅう「和菓子の特集やりませんか」「あんこの特集どうですか」と提案していたんです。当時はあんこに焦点を絞った特集記事って、ほぼなかったので。そして実は……「ワンチャン、仕事にすれば経費で食べられる」という邪(よこしま)な気持ちもありました(苦笑)。
そうしてあちこちに打診をしているうちに京都の Web メディア「デジスタイル京都」さんから「うちでやってみますか」とお声がけいただいて。2017 年スタートで「京のあんこに誘われて」という連載を書かせてもらえたんです。これがあんこについてしっかり書く第一歩でしたね。
【デジスタイル京都】京のあんこに誘われて【中村製餡所】 京都のあんこシーンを 土台から支えるプロフェッショナル
Web なので、好きなテーマをけっこうなボリュームで書かせてもらえたのがよかったですね。ガイドブックの仕事をしていると「本文が 75 文字」なんて信じられない指定が本当にあるので。
――かがたにさんが書くあんこの記事で特に仰天したのは「ものすごくたくさんの*水無月(みなづき)を食べ比べる」という内容のものでした。あんこライターの熱いソウルに感動したんです。あの記事で、かがたにさんの名前がバズって一躍、巷に広まった印象があります。
*水無月(みなづき)…京都を中心に、6 月 30 日に食される三角形の和菓子。ういろう、または葛などの生地に甘く煮た小豆をのせた夏越の祓の行事食。

2022 年に「ポ magazine」という Web メディアに書いた「水無月 44 種食べ比べ」という記事ですね。あれはアクセス数が跳ねましたし、私を知ってもらえる決定版になりました。あんこについて書く仕事の依頼も増えましたね。
【ポ magazine】【水無月 44 種食べ比べ】京都人の「水無月」への情熱は異常らしい

――44 種類も……。そもそも水無月のように見た目に極端な差がないお菓子を「食べ比べる」という発想がブッ飛んでいますよ。
もともと水無月は大好きで、2012 年ごろから地味に水無月を食べ比べるお茶会を催していたんです。水無月の食べ比べ会は継続していて、先々週も開催しました。

――「ライターが無茶やりました」という記事ではなく、以前から、そして現在も水無月の食べ比べを自主的にやっておられたのですか。ウケ狙いでも付け刃でもない、ガチのあんこ愛を感じます。
むしろ食べ比べがあんなにウケると思ってなかったです。以前から自主的にやっていたことでしたから。
――あえて失礼な質問をします。あんこの味ってそんなに違わないし、書きようがないのではないでしょうか。
いいえ、いいえ。あんこは一軒一軒、さらに商品ごとに味の方向性はまるで違います。「書き尽くせない、無限の世界だな」と感じるくらい奥が深いんです。小豆の風味や食感を残す工夫をしていたり、反対にあんこをさらして、砂糖のうまみを際立てようとしたりしているお菓子もあります。同じものは二つとありません。
でも確かに、書くためには語彙はたくさん必要ですね。私は「甘さを控えた」という表現はできるだけしないと決めているんです。なにと比較して甘さを控えているのか基準がないですし、甘さを控えているからおいしくなるわけでもない。
それよりも意匠であったり、口のなかでのリズム感であったりを、言葉を尽くして書いているという感じです。取材の際も糖度の高低より「このあんこにはどんな背景があって、どんな物語があるのか」を掘り下げる方が重要だと思うんです。
――和菓子ってドラマやヒストリーがありますよね。食べるだけではなく説明書きを読むのも楽しいです。
茶人でもある、とある菓匠が言うには、京菓子とは「物理と化学に文学(和歌)をのせて、約 50g の立体造形に仕立てたもの」だと。あんこには季節、風習、文芸、美術、服飾、サイエンスなどさまざまな要素が背景にあります。
【きものと】老松 当主・有斐斎弘道館 理事 太田達さん(前編)「京のつくり手語り」
私はオタク気質なので、そこを掘って、おいしさの解像度を上げていくのが自分の仕事だと思う。それに、さまざまな文化に触れていかないと、あんこについて語ったことにはならないと考えているんです。
まだまだ知らないことばかりで悔しい。そこがジレンマであり、楽しくもあり、ですね。
――最後に、ライターに得意分野は必要だと思いますか。
う~ん、あったほうがよいとは思いますが……。たとえば私が「あんこ大好き! おいしい!」って言っているだけだったら、たぶん、続かなかったでしょう。得意分野について“だけ”を書いていても仕事は増えないんじゃないかな。
たとえば呉服には、和菓子と同じ意匠や文様がよくあるんです。そういった着眼点で、あんこを通じて和装について書く仕事もしています。ほか、伝統芸能であったり、歴史であったり、演劇であったり、あんこを介して書くジャンルの幅が広がった部分がありますね。
「ライターにとって得意分野が必要か」というより「好きなことを核にして、そこからどれだけ仕事の幅を広げられるか」のほうが大切なのではないでしょうか。
まるで、しっぽまであんこが詰まっているかのような示唆に富んだお話でした。まっすぐなまなざしで「あんこについて、まだまだ知らないことばかりで悔しい」と語るかがたにのりこさんに、求道者の気迫を感じます。
そして「得意分野が必要かどうか」は実は些末なことであり、それよりも「自分が書きたいものをコアとして、それを縦横に広げてゆけるかどうか」のほうがライターとして生き残るために重要なのだと学びました。

https://www.instagram.com/norikokagatani
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