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皆さんは「40代の壁」という言葉を聞いたことがありますか。フリーランスが40歳以降になると仕事量が急に減ってしまう状況を指す言葉で、最近もX(旧Twitter)で話題になりました。
2026年2月10日(火)に行われたライター研究所のオンラインイベント『ライター40代の壁の真偽を語る』では、ベテランライターの前原政之氏をゲストに迎えて、40代の壁の正体と、今後のライター業界を生き残るためにどのような工夫が必要なのか、などを伺いました。
そこで見えてきたのは、「誰がやってもいい仕事」が縮小し、その領域に依存してきた人ほど年齢に関係なく苦しくなるという、ライター業界の構造でした。
前原氏はまず「40代の壁」の語源について言及。この言葉はマンガ『サルでも描けるまんが教室』の原作者であり、ライター・編集者の竹熊健太郎氏の2014年ごろのツイートから端を発し、その後著書である『フリーランス、40歳の壁』(2018年)で広まった言葉であると説明しました。
そして「40代の壁」とは40歳に差しかかると、もともと担当していた編集者は管理職となり現場を離れ、仕事の窓口となる編集者は年下になることが原因だと指摘。本人が丁寧にふるまっていても年長者であるだけで“威圧感”が出てしまい、編集者は「頼みやすさ」の観点から、同年代か年下の書き手へ発注が寄りやすくなると語りました。
また「文化的雪かき」も壁となる要因の一つであるとのこと。この言葉は村上春樹の小説『ダンス・ダンス・ダンス』に登場する「誰かがやらなければいけないが、誰がやってもいい仕事」の比喩です。
ライターの仕事には、専門性や取材力が求められるものもあれば、「こたつ記事」などのように情報を整理して定型的にまとめるタイプのものもあります。前原氏は、後者に依存してきた人ほど壁に当たりやすいと指摘しました。
一方で前原氏は、分野によってはむしろ年齢が武器になるとも強調。たとえば中小企業の経営者層を取材する媒体では、取材対象が50〜60代中心になることも多く、年長のライターのほうがやりとりが進めやすい場合があるようです。前原氏が編集長を務める月刊誌『理念と経営』でも、ライターは全員40歳以上だと述べました。
またイベントでは生成AIをめぐる話題も。前原氏は「誰がやってもいい仕事」はAIに代替されやすく、その影響は40代に限らず、世代を問わず広がり得ると指摘しました。
実際、イベント翌日には「28歳。限界フリーランス。AIに仕事を奪われて月収が激減した話。」という記事がX上で話題に。世代問わずAIに代替されつつあるという前原氏の指摘を裏づける出来事となりました。
さらに自身の主戦場でもあるブックライティングにもAIの影響が及ぶともコメント。本来のブックライティングは、インタビューで話し手の言葉を引き出し、書き手が文章として構成する仕事ですが、今後はその一部が「AIに原稿を書かせる」形へ移行していく可能性があるとのこと。
一方で前原氏は、AIが普及した今だからこそ生まれるライターの仕事にも触れています。例えばAIに学習させるためのデータを作成するライター職が成立しつつあること、あるいは「AIを一切使っていません」という姿勢自体が売りとなり、差別化につながり得ることも示唆しました。
では、「誰がやってもいい仕事」から抜け出すには何が必要なのでしょうか。前原氏は次の3点を挙げました。
前原氏は、インタビューの仕事でも「最新作だけ読む」のではなく、可能な限り全て作品に当たるそうです。また準備期間が短い場合でも、その時点でできる限りの準備を重ねるといいます。そしてインタビューの際には本に付箋を貼り込んで持参し、「ここまで読んできた」ことが相手に一目で伝わる状態をつくっていたとも語りました。
これらの作業は時間効率や費用対効果の面では不利に見えます。しかしそこで手を抜けば生き残れない、それがライターの仕事であると語っていました。
商業出版で単著を出すことも、壁を越える一つの方法だと話します。ポイントは、自費出版やKindleダイレクト・パブリッシングのように「自分だけで完結できる形」ではなく、編集者や出版社の企画・編集を経て世に出ることにあります。
到達難度は高いものの、実現できれば出版社のお墨付きとして作用し、ライターとしての“免許”のような信用につながると語りました。
前原氏は、経営用語の「コアコンピタンス(模倣されにくい中核的な強み)」を引き合いに、ライターにも“真似されない武器”が必要だと言及。ただし、その強みは自分で決め打ちするより、他者から見出してもらう方が確度が高いとも語りました。
たとえば編集者に「なぜ自分に発注しているのか」を率直に聞いてみる。複数の編集者の答えに共通して現れる要素こそが、強みとして浮かび上がりやすいと説明しました。
では20〜30代から壁を低くするには何をすべきでしょうか。前原氏は「3つある」と言い切りました。
1つ目は、読書習慣。情報収集自体は生成AIで補える時代になりつつある一方、言葉の運びや論理の組み立て、表現の引き出しは日々の読書量で差がつきやすいとのこと。前原氏自身も、毎年一定数の読書を自らに課し、読んだ内容は記録しているといいます。
2つ目は、締切を必ず守ること。前原氏は「ライターの原稿は200点満点。200点のうち100点は締切を守ることでもらえる」とブックライター・上阪徹氏の言葉を紹介。納期遵守の重要性を強調しました。
3つ目は、健康管理。体調を崩して生活のリズムが乱れれば、原稿の品質も安定しにくくなり、仕事の継続が難しくなります。前原氏はライターとして長く働くために禁酒した経験にも触れ、健康管理を「仕事を続けるための技術」として扱う必要性を強調しました。
今回のイベントを振り返ると、「40代の壁」は年齢そのものの問題というより、仕事の取り方や立ち回りを含む「仕事のあり方」の問題として捉える必要があると受け止めました。加えて、「誰がやってもいい仕事」は生成AIに代替されやすくなり、いまライター業界では「何を、どう書くか」がより厳しく問われているようにも見えます。
最近ではGoogle検索を行うと「AIによる概要(AI Overview)」が表示されることで、検索結果内で情報が完結し、外部サイトへのクリックが減るのではないかという指摘もあります。こうした環境変化が重なるほど、PVを収益源とするメディアでは制作費の圧縮が進み、書き手の仕事が減る可能性も否定できません。
もはや壁が“全世代化”し逆風が強まる一方のライター業界。一方で、それでも「文章が書きたい」と思える人が残りやすくなるのが、これからの業界のあり方なのかもしれません。
前原氏は最後に「死ぬまでライターするつもりなんで。死ぬ時はそのパソコンに突っ伏して死んでいる。そういう死様が理想かなと思ってますんで」と語りました。その言葉からは、マネタイズや戦略以前に、文章を書きたいという執念と、そして“書かざるを得ない”という衝動がにじんでいるように感じます。
年齢や環境以前に、「書き続ける」こと自体を選び取る姿勢。そうした覚悟が、結局はいちばん実効性のある備えになるのかもしれません。
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