人物や店舗取材を
得意とするライター

現在、「ライターでもっとも稼いでいるのは中村淳彦(なかむらあつひこ)さんである」と断言して、異論を唱える編集者は一人もいないだろう。
中村さんが書いたノンフィクションは、出すもの出すものベストセラーばかり。なんとトータルで120万部超だ。『名前のない女たち』『東京貧困女子。』など、著書は何度も映像化され、漫画化もされ、翻訳版が海外でもヒットした。中村さんが稼いだ金額は印税をはじめ1億円では済まないはずだ。
しかも1億円を生んだ発端は、Webメディア「東洋経済オンライン」に寄稿した、貧困のためにパパ活で暮らす現役国立医大生を取材した一つの記事からだというから恐れ入る。この1本の記事が病んだ現代社会の心臓部をわしづかみにし、単行本化されてベストセラーとなった。以来、この記事は幾度も姿を変え、お金を生み続け、その勢いはまだ収まらない。Webライターは全員が同じリングにあがっていて、同じチャンスが与えられているはず。それなのに、もちろん私を含め、中村さん以外の誰も億の金を手に入れられなかった。それはなぜか。取材の方法、文章の書き方が、たとえベテランであろうと根本的に間違っているからなのである。
そんなベストセラーを連発する中村さんが、『プロが教える億を稼ぐ文章術』(夜間飛行)を上梓した。取材・執筆の秘術を惜しげもなく公開した新刊だ。これからライターの仕事を始めようと考えているあなたは幸せ者である。なぜなら、ライター業のノウハウを教える「とどめの1冊」を手にできるのだから。文法がぁ、レトリックがぁ、ともっともらしく書かれた本は捨てるほどあるが、他でもない億を稼いだ当事者が「文章で億を稼ぐ方法」に焦点を絞って記述したライター指南書は過去に一冊もない。凡百のスキル本にピリオドを打つ最終兵器がついに世に放たれてしまったのである。
この本のすごいところは、徹頭徹尾「本当のことしか書かれていない」点にある。ベストセラーという大きな経済効果を生み出した取材原稿がどのように構成されたか、どこに読者を引きずり込む仕掛けがあるかを、わかりやすく模式図でひもといているのだ。
実はこれ、かなり画期的なのである。SNSにいる実績不明な謎の自称講師たちは「こう書くとよい」「こうは書くな」と講釈を垂れるが、実際に効果を生んだ記事の提示をすることはない。なぜなら教えていながら自分では書けないし、そんな記事がどこにあるのか所在すら知らないからだ。それって現物を見せずに金だけをだまし取る金塊商法と何ら変わりない悪質さではないか。ところが中村さんは本当に莫大な収益を上げた原稿を使って解説するので、これが正解だとしか言いようがないのである。
そして中村さんはライターが売れるためにもっとも重要な心構えは「逆張り」であると語る。皆が好むジャンルは椅子取り合戦が激化するうえに希望者が多いために原稿料がさがる。だからこそ、誰も書きたがらないブルーオーシャンを狙うべきだと。
たとえば中村さんはAV情報誌で女優にインタビューする際、取材対象を徹底的に無名にこだわる。本来、読者を喜ばせるのは人気の単体セクシー女優が性感帯などを告白する、男に媚びまくったインタビュー記事だ。しかし中村さんは「企画もの」と呼ばれる作品に出る名前が出ない女優たちに、なぜ裸になる仕事を選んだのかを聴く。そして貧困、依存症、家庭崩壊などさまざまな暗部をえぐり出す。
当然、読者からはウケが悪く、プロダクションからは抗議もあった。ところが、男性読者に媚びなかったがために無名女優たちの背景にある病理が社会課題と結びつき、名著『名前のない女たち』として編まれ、大ベストセラーとなる。中村さんは一部の読者しか読まない成人向け雑誌のモノクロページから、一気に表舞台へと駆け上がったのである。
中村さんだって、好きでそんな取材をしているわけではない。そこに誰も書かないテーマがあるから、いやいやながらゴミ屋敷に住む熟女風俗嬢の自宅を訪ねたり、怪しい歌舞伎町のスナックに潜入したりするのだ。「スキを仕事にする」など見ただけで虫歯になりそうな糖衣されたクリシェがあるが、中村さんは「ライターは好きなものを書く仕事ではない」と喝破する。そして人が嫌がるテーマを書くその姿勢こそが億を稼ぐ逆張りの第1歩なのである。
本書は真実しか書かれていないゆえに再現性も高い。よく言う「取材対象に寄り添う」「相手の心がほぐれるように自分の体験談も交える」といったカビが生えたハウツーを、億を稼ぐ中村さんは全否定する。そんなことをしても場が和むだけで、インタビューイの胸の奥底に沈む濁った澱をすくい取れないからだ。
では、どうするのか。中村さんは取材の際、旧来よしとされる取材法とは大きく異なる「悪魔の傾聴」と呼ぶ手法を用いる。本書ではこれを7箇条に細分化し、実際にその7つを駆使して本音を引き出した成功例を提示する。それを読んだ僕は翌日、さっそくあるチーズケーキ専門のパティシエールに傾聴7箇条を織り込んで取材した。すると……彼女は次第に涙ぐみながら、堰を切ったように独り語りを始めたのである。「こんなに即効性があるのか!」と驚いた。おかげで単なる洋菓子店取材に終わらない、どんなチーズよりもコク深い言葉を引き出すことに成功したのである。
天使と悪魔ならば、中村さんは悪魔側の人だ。しかしライターとは、悪魔と契約する仕事であると、この本は教えてくれる。その覚悟があれば、あなたも億が稼げるだろう。