映画好きライター必見! 監督の「クセ」に迫る一冊

映画批評家は、どのような視点で映画を観ているのでしょうか?その疑問に対するひとつの答えを示してくれるのが本書です。

映画鑑賞といえば、壮大な映像美や派手なアクションシーンに目を奪われがちですが、本書が注目するのは監督ごとの「クセ」。そもそも「クセ」とは何か?監督の個性がどのように作品に反映され、その「クセ」に着目することで映画をさらに深く楽しめるのか。本書は、そんな視点を提供してくれます。

取り上げるのは、映画史に名を刻む12人の監督たち。彼らがどのような人生を歩み、どのようにして独自の演出スタイルを確立したのかを紐解きながら、「クセ」を哲学的に解明していきます。さらに、ワンシーンを切り取った写真や図解とともに、監督ごとの特徴的な演出手法が詳細に解説され、シーンがどのように作品全体に影響を与えているのかが語られます。

映画の「クセ」を知ることは、ライターにとっても大きな学びとなります。監督たちが何度も試行錯誤しながら磨き上げた演出のリズムや視点の置き方は、文章のリズムや構成にも通じるものがあります。本書は、映画の奥深い魅力を浮かび上がらせると同時に、表現者としての視点を養うきっかけにもなるでしょう。

廣瀬純(ひろせ・じゅん)
専門は哲学、映画批評。龍谷大学教授。
1971 年、東京都生まれ。著書に『美味しい料理の哲学』(河出書房新社)、『シネマの大義』(フィルムアート社)、『新空位時代の政治哲学: クロニクル2015-2023』(共和国)など。 

監督の「クセ」とは? 映画の見方が変わる視点

監督という個性豊かなクリエイターたちの作品には、それぞれ独自の演出法が隠されています。本書では、監督一人ひとりの独特な演出方法を「クセ」と呼び、それが作品全体にどのような影響を与えているのかを深く探っていきます。

監督ごとに異なる「クセ」は、単なる好みやスタイルではなく、その人の人生観や思想が反映された「演出の核」ともいえるもの。本書では、具体的な事例を挙げながら、その「クセ」を解き明かしていきます。

取り上げるのは、ハリウッドの商業映画を牽引した作家、ヌーヴェル・ヴァーグ運動を代表する革新者、サスペンス映画の名手、さらに独自のスタイルで映画表現を追求してきた日本の映像作家など。計12人の監督を対象に、それぞれの「クセ」に迫ります。

こうした監督たちの「クセ」を知ることで、映画のシーン一つひとつを、これまでより深く理解したくなるはずです。「なぜこのカットはこう撮られているのか?」「この監督はなぜこの手法を使うのか?」と考えながら映画を観ることで、これまで気づかなかった監督の工夫が見えてくるでしょう。

映画批評家の視点で、映画を「読み解く」楽しみ

本書のユニークな点は、「映画批評」を単に作品の評価にとどめず、映画そのものを分析する方法論として提示していることです。著者の廣瀬純氏は、映画作品だけでなく、文学や哲学、さらには時事問題までを「映画的な視点」で読み解く手法を提案しています。

例えば、スティーヴン・スピルバーグの「同じものの反復」と、小津安二郎の「意味のない同じものの反復」を対比させることで、映画の構造そのものを考察することができます。一見似たような「反復」を使っていても、スピルバーグと小津映画では異なると分析されます。著者は、哲学的な思索を交えながら解説を進めていくのが本書の特徴です。

こうした同じ「反復」でも違いを意識すると、映画の奥深さがより鮮明に見えてくるでしょう。一見すると哲学的で難しく感じる部分もありますが、新しい視点を得ることで、映画の見方が大きく変わることは間違いありません。

「クセ」を視覚的に捉える工夫

本書は単なるテキストによる解説だけでなく、視覚的にも理解しやすい構成になっています。

例えば、監督ごとの特徴的なカメラワークを解説するために、ワンシーンを切り取った写真で再現しています。さらに、小津映画では、登場人物の位置関係を保つための「イマジナリー・ライン(想定線)」を図解で説明しています。イマジナリー・ラインとは、登場人物を結ぶ仮想の線で、これを越えてカメラを動かすと映像のつながりが崩れるため、多くの監督は越えない線を、小津監督はあえて越えるというのです。

文章だけでは伝わりにくいカメラワークの妙を直感的に理解でき、映像表現の比較が一目でわかるので、初心者でも理解しやすいでしょう。

具体的なワンシーンや図解を見ることで、監督の演出意図がよりクリアに感じられ、今までなんとなく見過ごしていたシーンの意味がより深く理解できるようになります。特に映画マニアにとっては、映像の細部まで分析できる楽しみが広がるでしょう。

クセがもたらす新たな視点。映画とライティングの融合

映画監督の「クセ」を知ることは、映画鑑賞だけに留まらず、ライターとしての視点をも豊かにしてくれます。監督たちが絶え間ない反復練習の中で磨き上げた個性は、まるで言葉のリズムや文体に通じるものがあります。

映画における独自の演出は、観客を新しい世界観へと導き、散歩中にふと目にする公園の風景や、斜めから眺めた階段の美しさのように、日常に潜む形式美を再発見させてくれます。本書は、まさに「クセ=独特な演出方法」として、映画の隠れた魅力を浮かび上がらせ、読者に映画を何度も見返したくなる衝動と、ライティングにおける個性の大切さを教えてくれるのです。

映画を観る際に「このカットはなぜこう撮られたのか?」「この監督はなぜこの手法を選んだのか?」と考えることで、映画をより深く楽しめるだけでなく、ライターとしての独自の視点も養われます。本書は、そんな気づきと新たな発見をもたらしてくれる一冊です。

名称:監督のクセから読み解く 名作映画解剖図鑑
出版社:彩図社
著者:廣瀬 純
発売日:2024/8/27
定価:1,980円(税込)
この記事を書いた人

価値観や生き方をくみ取り、強みを言語化

さつき うみ

さつき うみ

サツキ ウミ
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